やりたかったこと

  • 2017.09.09 Saturday
  • 23:15

 

☆☆☆和葉☆☆☆

 

いつもみんな同じソックスを履いてるから、

 

ルーズソックス履いて学校に行ったら友達も履いて来たからプリクラを撮りました。

 

楽しいです。

 

お母さんが高校生のときはみんなルーズソックスだったみたいです。

 

いつも一緒にいる友達とルーズソックス履けましたよ。

 

 

 

 

世界を放棄するとき

  • 2017.09.09 Saturday
  • 20:15

★★Luna★★

 

 

【何の意味もない価値もない。単なる映像の現実にサヨナラ】

 

ぼくは自我の思考が問題じゃなくて、その思考を何の意味も価値もない現実にあてがって現実を見ていたんだ。

自我の分離した思考を現実にあてがって自分自身が被害者になっていたんだ。

他人からこんなことされてる、現実はこうなんだって被害者の立場になっていたんだ。

しかも自分が積極的に、それどころか当然のように自我と同化して言いなりになって他人というものを通して不足、苦しみ、罪悪感を感じさせるように演じさせることを選んでいたんだ。

それどころか現実に原因があるかのように自分を自分でだまして来たんだ。

自分が自我と同化して被害者でいる決断が唯一の原因だったんだ。

ぼくはもう現実に原因を見ることをやめたんだ。

何の意味もない何も原因なんてない現実にケチをつけるのは自我だったんだ。

もう自我というのはただの「無」だってわかったんだ。

だからぼくは自我と決別することを決めたんだ。

ぼくは十何年間このことすら平然と忘れていたんだ。

それどころか現実しか見ることが出来ないくらいになっていたんだ。

全ては自分が自我を選んで、いつの日か自我を選ぶことが当たり前になりすぎていたんだ。

親のせいでも誰のせいでもない。自分が自我を選んでいたんだ。

 

このモデルの人はぼくとか私って言いません。

私が勝手にぼくって編集してます。

こんなのは言葉で残すものでもないって言われるんですが、

本当に放棄するって決めるときや探求の終わりになると思って載せてます。

 

 

いつか絵本にしたいって思った話

  • 2017.09.09 Saturday
  • 16:35

★★Luna★★

 

教わって来たことを絵本にしたくて、

 

本当に最後の決断のところを物語を書いてみました。

 

書いたというよりほとんどすべて書いてくれたことを編集しただけですけど(笑)

 

 

 

現実世界の放棄

 

ぼくは「願いは全て叶う」というこのたった一文の言葉が信じられなかったんだ。

こんなに簡単な言葉が心の奥底から信じられないのは頭が悪いんだと思ったんだ。

内面ではすぐに否定的な思いが湧き上がってくる。

思考、感情、肉体は自分自身で現実は他人がいると100%疑うこともなく信じていたんだ。

だけど色々なことをやっては現実を変えることに必死になりもがいていたんだ。

「自分は無力で何も出来ない。このまま終わるんだ」という絶望感や不安がよぎっていたんだ。ぼくは自分の無力で無能で何も出来ないっていうことを認めることができなかったんだ。

それどころかそれを認めるのが怖かったんだ。自分が消えて無くなるって思ったんだ。

自分が自分についてどう感じるか、どう自分を経験するかは他人や現実からどう考えられて、どう見られるかで決まると思っていた。

だけど自分が他人や現実を見て、どう考え、どう感じているかで決まると言うこんな簡単なことも知らなかったんだ。

他人がいると思っていたから自分の意味付け解釈をしていたんだ。

これが理解できてから、ぼくは現実に対して神秘、美、愛と言う完璧を見ることにしたんだ。

もともと1つであるのなら、そして本当は忘れていたことなら、ぼくは一生涯すべての人や現実に対して完璧を見ようって決めたんだ。

自我を選択して分離と言うデッチ上げに過ぎない戯言を完全にやめて、個々の肉体、物質的な捉え方ではなく自分の知覚を捨てて本当の自分と同じ方向へ向うと決めたんだ。

現実で何かを求め、何かを探そうってことをやめたんだ。

本気で自分の負けを認め今までやってきたことを全部やめたんだ。

あれが欲しい、これが欲しいっていうもの乞いも、この世界にしがみつくことをやめたんだ。

自分自身の無力さを心底、骨の髄までわかったんだ。

だから何もかも放棄する覚悟をしたんだ。

 

 

これを読んで最後に

「自分自身の無力さを心底、骨の髄までわかったんだ」って書かれていて、

本当の自分というのは本当の自分に抵抗して分離を選んで生きてきたんだって思いました。

本当に最後は現実の放棄なんだって思った。

最初これを聞いたときに虚しくなるのかなとかって聞いたんですけど、

その疑問を持ってる奴を見出せって言われたんです。

それはこの現実にしがみ付いている自分なんですよね。

そして放棄って本当の自分と距離がなくなることだって言われたことがわかりました。

自分と本当の自分の間にある距離をなくすのは最後は現実世界の放棄なんだって思った。

なんでも出来るようになること、いい感じ、いい関係性になることではなくて、

本当の自分との隙間が一切なくなること、本当の自分と一体化することが本当の統合になるのかと思った。

だけど現実がどのように変わろうが何の意味付けも真実もないのに、そこに意味付けや真実を求めるのは放棄できてないってことなんだってわかりました。

私は放棄する覚悟をしてます。

 

 

何かが必要なものは幻想でしかない

  • 2017.09.08 Friday
  • 21:43

麻里

 

真理へ到達するのに時間が必要だと感じるのは

現実(幻想)にしがみついているから。

 

この現実(幻想)には時間がつきものになっていて

時間の経過によって何か結果が現れてくるように見える。
 

だけど時間が必要なものは幻想だとわかると、

もう時間という概念も必要がなくなる。

 

そうなると今この時でも時間という概念は飛び越えてる。
 時間って過去や未来に行ったり来たりするだけで、

 

現実(幻想)にリアルを与え続ける単なる錯覚。
 

もし何かを達成するのに時間が必要とされることなら

それは現実(幻想)にリアルを与えているということ。

 

幻想はただ幻想と理解したときに時間が消えていくと思う。

だから時間が必要とされることは全て幻想。
 

真実は常にいつもすぐそばに在る。

あるがままになるのに何も待ったりすることも時間を必要としたりすることもない。
 

ただエゴが何かを探すために、或いは現実が幻想だという証拠探しのために外へ外へ意識を向けて行くことを

断固と拒否していく。
 

幻想は本当にただの幻想です。

自我と同化してるときは本当の自分が幻想ってくらい忘れていたんです。

 

なので幻想は幻想です。

気がつきがありました

  • 2017.09.03 Sunday
  • 18:15

☆☆和葉☆☆

 

初心のつもりでした。

 

「世界はない」「世界は幻想」って教わりました

 

が!

 

もう一歩踏み込んでみたらえ「世界は無用だ」ってことがわかりました。

 

「無用」って調べると

 

1、役に立たないこと。使い道がないこと

 

2、いらないこと。不要。

 

3、用事がないこと

 

って出てきました。

 

「世界は存在しない。他人はいない。何も起きてないし起きることもない」

 

これが改めて腑に落ちてると言うより、もう一歩進んだ感じがしました。

 

夏休みに友達と遊んでるときに夜になると時間が気になったり、

 

Aちゃんは大事だよなとかB君はカッコいいよねとかって何かに価値を見出そうとしていました。

 

「世界は存在していない」ということが腑に落ちていたと思ってました。

 

自分と他人という関係もないってことも知ってました。

 

だけど頭の中で無意識のうちに現実に対して価値を見出そうとしたり、

 

自分と他人っていう関係なんてないのに、自分と他人という関係を維持させようと無意識でやってしまっていたりしました。

 

「世界も自分も他人もない、それに何も起きない」っていうのは教わってから知りました。

 

最初はこの感覚がすごく不思議で新鮮な感じでした。本当にそうだよって嬉しさもありました。

 

だけどいつの間にか「当たり前」と言う感覚になってしまいました。

 

だけどいつの間にか「初心でいろ」って何回も何回も言われたのに、

 

自分では初心のつもりになっていて初心じゃなくなってました。

 

「世界は幻想、世界はない」、この幻想世界に対して、

 

本当に本当に放棄する。

 

「無」そのものを受け入れるかどうかってところに気がつきました。

 

この世界で何かが意味や価値を求めるってことは「世界は幻想」だと頭の中で理解してる程度で、本当に価値も意味も見出そうとする頭の中のことを全て放棄することが「無」を受け入れることで、本当に世界は幻想だということが頭の中のことを飛び越えて自覚することができるときかもって思いました。

 

「世界は無用」と言うことがわかったときに「世界は幻想」っていう深いレベルでわかると思いました。

 

本当に何回も初心でいろって言われてきたことがわかったような気がします。

頭の中の知識だと世界は幻想ってところまで行けそうですが、

最後は本当に初心でいることが大事ってことがわかりました

本当に気がつかない無意識のうちにうっかり価値や意味を見出していました。

 

本当に充実した夏休みでした。

 

学校では教えてもらえないようなことがわかったり、

 

改めて「初心でいろ」って何回も何回も言われたけど、この大切さがわかりました。

 

本当にありがとうございます。

 

有難うって難しいことが有るって書くけど、本当にそう思います。

 

いろんな場面でいろんな気がつきが重なっていく。

 

でもその気がつきには辛い場面もあるけれど、そっちの方が有難うって思います。

 

 

 

本当の自由って束縛があるかも

  • 2017.09.03 Sunday
  • 11:55

☆☆和葉☆☆

 

夏休みだったんですけど、宿題は一切やりませんでした(笑)

やりたいことだけをしていたら夏休みが終わっていたって感じです。

 

夏休みは全てやりたいことだけをしていまいた。

プールに行ったり、お祭りに行ったり、友達と遊んだりしてました。

 

本当にやりたいことだけしかやりませんでした。

自由ってこの世界はどこにあるのか、

この世界には原因がないってこと

そしてこの世界に対して原因を見出してきた自分から、

そして今まで自分を自分だと決めてきた束縛から開放されることで

本当の喜びや幸せ、そして自由なのかと思いました。

自分の束縛から開放、その上で自分で自分を束縛しない

これが本当の自由なのかと思いました。

自分で自分を束縛しては、その束縛の中で生きてきたけど、

今度は束縛しないって方を選んで本当の自由を選んだんだと思いました。

 

この世界に原因があるって思ってるあいだは自由って定義も頭の中の範囲になるけど、

原因と結果っていう考えを超えて、外には原因はないっていうことが分かることが自由なのかもしれないって思いました。

夏休み姉と一緒にとった写メ(笑)

祭りに行った時の写メ

くまのぷーさんの落書き

自由ってある意味、束縛がありました。

 

思いつきの詩

  • 2017.08.27 Sunday
  • 12:03

🌟和葉🌟

 

【自由讃歌】

 

目を覚まそうよ

 

世界に現れるすべては

 

終わった過去を見てるだけ

 

何も変える必要もない

 

分離や不足、恐れや不安なんて意味がない

 

外の反応は私を映し出してる鏡

 

人の反応や評価なんて変える必要なんてない

 

外の反応は私を映し出してる鏡

 

現実なんて変える必要はない

 

善悪で見えているのは

 

頭の中のことを選択してるだけ

 

だけど私たちは他の選択肢を知らなかったんだ

 

こんな幻想、壊そうよ

 

破壊から創造される

 

今、新たな選択肢を選ばずしていつ選ぶ

 

今、目覚めずして、いつ目覚める

 

どんどん目覚めようよ

 

元の位置に還ろうよ

 

この現実には大切なものはない

 

苦しみや悲しみなんて意味がない

 

今、本当の自分へ還る喜びをともに喜ぼよ

 

 

土曜日に地元のお祭りに行ってきました。

 

そのとき姉の元カレさんに会って、またヨリを戻したいみたいなことを言われました。

 

まだ、彼氏やりたいんだっていったら、また付き合いたいって言われました。

 

なんか、これ前に見たなって思ったら、

 

お父さんは私たちの親だって言い張って頬を何回も打たれるときのことを思い出しました。

 

親なんてやめろ、子供に価値観を押し付けることをしてる親なんてどこにもいないぞ、

 

お前だけだぞって頬を何回も打たれてました。

 

それでも必死になって涙をいっぱい流しながら私たちの親ですって言ってたのを思い出しました。

 

だけど私はお父さんとは二度と会わないと思います。

 

頬を何回も打たれてましたが、可哀想とか思いませんでした。

 

頭の中のことに囚われて周りが見えなくなって、不安や恐れと共に生きることしか選択してこなかったんです。

 

子供の無限という可能性に自分たちの価値観の枠で物事を見て、

 

自分たちの思い通りになる枠を付けることをして来たんだと思いました。

 

私たちはが思い通りにならないと叱ったりして来たみたいですが、

 

これも頭の中の善悪やコントロールしたいっていう欲望で動いてるだけってわかりました。

 

姉の元カレさんも、頭の中のことに囚われていることがわかりました。

 

お父さんとお母さんだけじゃなかったんだってある意味、ショックを受けたんですけど、

 

頭の中のことに囚われることも悪いことではないって思います。

 

それを通して苦しみを見るってことかもしれないです。

 

いろいろあったんですけど、充実してる日々って感じです。

 

 

いつも持ってるメモ

  • 2017.08.20 Sunday
  • 20:18

☆☆和葉☆☆

 

いつも持ち歩いてるメモです。

 

御守りって感じです。

 

内容も全部暗記しちゃいました。

 

夏休みも好きなことしかやってないので本当に楽しいです。

 

1、変化するものは自分じゃない。

 

2、現実に自分の意識を縛りつけて変化の中に自分をおくのは頭の中。

 

3、相手に対して判断したり、出来事を判断したり、自分に意味付けをしたり、

 

心の中で浮かんでくる醜い思いは自分を脅かすためじゃない。

 

4、それは自分じゃないから認めれる。

 

5、どんな思いが浮かんできても自分じゃない。

 

6、どんな思いが浮かんできても、それを醜い、辛い、悲しいって判断しても、

 

浮かんできた思いも、判断したことも自分じゃない。

 

7、外側に意識を向けて何か意味を見ていたけど、それは変化するものに自分を見出そうとしてきたこと。

 

8、内側に意識を向けていくと原因は内側にあることがわかる。

 

9、外側は結果だけ。

 

10、外に世界はない。

 

11、どんな思いが浮かんできても、その思いを裁くことも手放したりしなくてもいい。

 

思いを裁くのも、手放そうとするのも現実の自分が反応してるだけ。

 

12、現実で何かをしようとする者はいない。

 

13、何かしようとするのは自分ではない。

 

14、今この瞬間にいる。

 

こんな感じでいつも持ってます。

 

この前、友達と浅草に行って浴衣を着て人力車に乗りました。

 

楽しかったです。

 

素敵な街って感じがしました。

 

そして、前に告白した方から逆に告白されました。

 

でも、断りました。

 

なんとなく頭の中で、その人を選んでいたような感じがしました。

 

頭の中でのことに囚われてない方がいいなって思いました。

 

顔とか外見に関係なく、

 

ハッキリと頭の中のことも現実もすべて幻想だよって言い切れる人がいいな。

 

本当の愛を知ってる人って感じですかね。

 

 

泣きましたました

  • 2017.08.17 Thursday
  • 23:06

無限の表現


☆☆Luna☆☆



空を見ていたら鳥が飛んでいました。


そのとき私の脳裏に「鳥って自由だな」って思いが浮かんできました。


だけど、ちょっとおかしい。


「どうして鳥に自由を見出してるんだろう」って疑問が出ました。


自分は空を飛ぶ能力がないっことを知っているからかもって思いました。


だけど、これもおかしいって思いました。


だって世界はすべて自分自身をバラバラにしたものを見てるだけなのに、


どうして「自分は空を飛べない」って決めつけてるんだろうってなりました。


この世界は丸ごと私しか見ていないということは、鳥も私、速く走るチーターも私って思いました。


そしたら、この世界って無限を表現されたものを見てるってわかりました。


本当の私は無限、


無限だからなんでも出来る!創造出来る!思い通り!ってなりました。


そしたら、私は空も飛んでる!速くも走ってる!美しい!幸せ!豊か!なんだって思いました。


最初から無限が表現された世界の中にいて、それを見ていました。


今まで、どうしてこんなすごい世界にいたのに気がつかなかったのか不思議です。


無限を表現された世界だって気がついたとき、悲しくなりました。


鳥もチーターも美しさも醜さもすべて自分自身を見てるだけなのに、


そこに良い悪いとジャッジしたり、


どうしてすべてを分離させてしまうことを選んだの?


どうして肉体を自分自身だと信じて、他のことに対して妬みや嫉妬、


勝ち負けを決めたり争ったり、辛いことや悲しいことを続けるようにしたの?


どうして本当の自分の能力や可能性を忘れちゃったの?


そこまでしないと本当の私を思い出さなかったの?


肉体を通して何かを得る経験もいいけど、失うって恐怖に取り囲まれて、


一生それで終わってしまうかもしれなかった。


そして、最後に、


どうして肉体を選んだの?って思ったとき。


泣きましたました。


両親のことやいろいろ思い出しました。


鳥は翼を使って空を飛ぶ、チーターは足を使って速く走る。


そこまでして自分の能力を他のモノに置き換えて、自分には不可能だと思わせて、


そして自分には無理だという思いを作り上げさせる。


空だって飛べる、速く走れる。そして大きな海や、どこまでも広がる青空だって自分自身。


こんなにすごい空間を創って、そして中に色々な人や動物、建物、街まで作って、


常に周りは動いてるように見えるし街も変わっていく。


変わっていくということは、創造されてる。


本当の私は常に創造してる。


だけど、こんなに偉大で凄いのにどうして肉体を通して世界を分離させて見るの?って思ったら、


ここまで分離を選ばなければ、本当の自分を思い出せなかったことに「ごめんなさい」って謝ってました。


今まで知らなかったとは分離を選んで、本当はこんなに無限を表現されてる世界にいたのに不平不満や愚痴ばかり言ってきたこと、それでも何も言わず無限を表現してくれていたことを思ったら、本当の私って凄いって思いました。

分離を選んでも何1つ文句も言わないで、無条件に無限を表現されてる世界を常に創ってくれていました。


そして、その創っていたのが私自身だったということがより深いところでわかりました。

今まで分離を選んで本当にごめんなさい。

いつの日か肉体とお別れする日がきます。

私は肉体とともに心とも完全にお別れします。

肉体と心はゲームの道具なんです。すべての道具は私のものではありません。


いっぱい泣いたらスッキリしました。




初心

  • 2017.08.16 Wednesday
  • 00:49

麻里

 

10年以上、一緒にいてくれて私に真実を教えてくれた方とパーティをしてきました。

その人は私の顔を見た瞬間に

「ずっと、ずっと変わらず初心でいろよ。初心のままでいんだよ」って相変わらず昔から言ってきたことを言ってました。

この人は、どこにいても、この人って感じです。

 

「初心でいろ」って本当にその一言だけでいいと思える。

私は本当に教わって気がついたのは

私には信念も観念も必要ない、なぜなら本当の自分こそ私自身!

記憶という曖昧なものの上に自分を見ることは儚いこと!

物乞いや理想は必要ない!

私は何者であるべきか或いは何者でないかということに関して無関心!
恐れや不安には何も意味がない、なぜなら本当の自分こそ私自身!
教わってきた理論も一切必要ない!

私は世界をあるがままに、そして「無」として見る

現実って実在もしてないってこと

安心や安息感、幸福感、充足感に浸り調和している者ではなく、そのものが私である!

見るもの、見られるものは全て同じものを見ているだけ!

この世界に自分と同一視するものは何一つとしてない!

真実も必要なものも、何か達成することも、しなければならないことも何一つとしてない!

 

書くとこれだけのことがアウトプットできるけど、それだけ心極道に没頭してきたって思えた。

もし初心でいることを忘れたら今の私はいなかったかも。エゴの中で理論でフリをした演技だったかも。

いつも最後に「これ楽しい?」って聞かれて「楽しいよ!」って言って「楽しければいいよ」って感じでした。

 

みんなで楽しく盛り上がってたけど、今日は何があっても泣かないって決めてたんだけど、

「お前は全て今この瞬間にしかないことを最初から知っていた。最初に教えた頃、わかってないように見えたのはこっちが勝手に錯覚をして出来てないお前を見ていただけだ、お前らみんな最初から偉大な存在そのものとして俺の前に来てくれたんだ、お礼をいうのはこっちだったんだよ。ありがとう」

 

他にもいろいろ言われたけど、昔のことを思いだして、こんなに熱心に教えてくれて、ときに怒ってくれて、ときに褒めてくれて、出し惜しみもしないですべてを教えてくれて、できるまで付き合ってくれました。

いろいろ思い出してたら泣いてました。