それしかないのかも

  • 2017.09.11 Monday
  • 20:07

✨✨Luna✨✨

 

 

【世界なんて存在していない】

 

自我は失うことを恐れて真実を隠し通そうとする。

もし真実だけを受け入れることをすると自我は急な解雇通知を突きつけられるようなものだ。

だけど苦しみに飽きるってことは現実世界に対しても飽きているってことなんだ。

現実世界に意味付け条件付けをしていたことにとことん飽きてるんだ。

自我は過去のことを記憶して現実に見えることを信じて不足、苦しみの維持をしているだけなんだ。

現実という幻影をリアルに見せつけてジャッジして、その中で自分を見出そうと必死になっていただけなんだ。

ただ自分の視覚が自我の肉眼を通して分離し変化する光景しか捉えることが出来なかったけど、不変しか見れない視覚に変わるんだ。

もはや肉眼から見える他人はもう存在しないのだ。

肉体のように見える他人がどんな性格や嫌味なことを言っていたりしても、そこには感謝しかないんだ。

しかも現実で辛いようなことが起きても感謝しかないんだ。

ありがとうってすら思えるんだ。

もう他人に対する、状況に対するぼくの採用して来た意味づけ条件付けを全て何もかも放棄できるんだ。

許したら相手に負ける。損するなんていう考えなんていらないんだ。

自分はこの世界で一番無力で無能で使い物にならないんだ。

何もかも降参しかないんだ。これしか選択肢がなかったんだ。

相手が誰なのか、自分は誰なのか、

本当に世界なんて放棄するどころか世界なんてなかったんだ。

ぼくだと思っていたぼくもいなかったんだ。

何一つ変わってもいない。何一つとして変えてもないんだ。

変えることもなかったんだ。

本当に何もしなくて良かったんだ。

何もする必要もない。

不変なんだ。完璧なんだということがわかったんだ。

自分がわざわざ自我と一緒になってありもしない世界を見ては障壁を作って、

本当の自分そのものがぼくだったということを隠し通して来ただけなんだ。

どうして何もする必要もなく完璧な存在そのものだったのに、

どうしてそこにいながら自我を選んでは苦しみを選び、条件付けをして障壁を作ってきたのかおかしくなったんだ。

最初から放棄する世界なんてないんだ。

世界なんて存在も実態もないという簡単なことに気がついたんだ。

 

私はまだ自我を通して現実を見てしまう所もあります。

学校に行かないで今は旅をしています。

だけどこの世界は幻想でしかないのに学校のことを考えて

旅から戻ったらどうなるのかとか考えてしまいます。

考えてしまうのは自分ではないってわかるけど、そこに現実を感じている所もあります。

なんの意味も真実もない映像だってわかってるんですけど(笑)

 

で、この話を深く聴いていくと、

現実を全て放棄すると「孤独になる」って思いました。

一人ぼっちという不安と怖さ、そして孤独感と絶望感って感じです。

そして色々な思いが浮かび上がってきて、質問しました。

「質問するということは現実に対してリアルがあるからなんだ」と言われました。

でも正直、そんな答えを言われてもわからなかった。

「放棄したらどうなるのだろうかという疑問は何の意味もない」って言われました。

そのときに気がつくことができました。

そんな疑問を持って信じてる間は放棄することを先延ばしして言い訳を並べてるだけでした。

頭で理解してることと、本当にそう思えることは違うって思いました。

自分探しをしてる間は全てを先延ばししてるだけだと思いました。

現実に放棄とは本当の自分と距離がなくなって一心同体になるんだと思いました。

もう現実はない本当に自分そのものだ。

それしかないんだって感じだと思いました。

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